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神戸地方裁判所 平成3年(ワ)1835号 判決

主文

一  原告(反訴被告)と被告(反訴原告)との間で、別紙記載の交通事故に関し、原告(反訴被告)の被告(反訴原告)に対する損害賠償債務が金二六一万四九八二円を超えて存在しないことを確認する。

二  被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、金四五万円及びこれに対する平成四年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、金二六一万四九八二円及びこれに対する平成二年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告(反訴被告)及び被告(反訴原告)のその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

六  この判決の第二及び第三項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  本訴

1  原告(反訴被告、以下「原告」という。)と被告(反訴原告、以下「被告」という。)との間で、別紙記載の交通事故(以下「本件事故」という。)に関し、原告の被告に対する損害賠償債務が一二万五八六六円を超えて存在しないことを確認する。

2  被告は、原告に対し、四五万円及びこれに対する平成四年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴

原告は、被告に対し、三四一万八〇三七円及びこれに対する平成二年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、本訴として、普通貨物自動車に追突した普通乗用自動車の運転者である原告が、傷害は発生していないとして修理費の限度での債務を認め、それを超えての債務の不存在確認及びその事故後被告に貸し付けた金員の返還を求め、反訴として、追突された運転者である被告が自賠法三条及び民法七〇九条により損害賠償を請求した事件である。

一  争いのない事実等

1  本件事故の発生

別紙記載のとおりである。

2  原告の責任

原告は、原告車の保有者であり、本件事故当時、前方注視を怠って原告車を前進させ、被告車に追突したものである(乙二の1、2、三、原告及び被告各本人、弁論の全趣旨)。

従って、原告は、民法七〇九条及び自賠法三条により、本件事故により、被告が受けた損害を賠償する責任がある。

3  損害

被告車の修理費 一二万五八六六円

4  損害の填補

被告は、原告から、休業損害として二四万八七五五円の支払を受けた。

二  争点

1  被告の負傷の有無、程度

被告は、本件事故により、頸椎捻挫、頸部血腫、自律神経失調症候群の傷害を受け、稲見外科胃腸科(入院二八日間、通院一四三日間)、松森病院(通院一日)、三木市立市民病院(通院四二日)及び大村病院(通院一六日)で治療を受けた旨主張する。

原告は、本件事故により被告の受けた傷害は軽微なものにとどまるから、本件事故と被告の入、通院加療との間に相当因果関係が存在しない旨主張する。

2  原告は、平成二年九月五日、被告に対し、四五万円を貸し付けたか否か。

3  被告の損害額

第三  争点に対する判断

一  被告の負傷の有無、程度

1  証拠(〈略〉)を総合すると、次の各事実が認められる。

(一) 原告は、本件事故直前、トラック、被告車に続いて低速で進行し、踏切手前で被告車が停止したが、同車はすぐに発進するものと考え、そのまま進行を続けたところ、被告車が予想に反して発進しなかったため、同車の二ないし3.4メートル後方で危険を感じ、急ブレーキをかけたものの及ばず、停止していた被告車に追突し、同車を0.5ないし0.7メートル押し出した。右追突により、被告車の後部バンパーが凹損する等したが、原告車の前部バンパーはひずみがあった程度で、格別の疵もなかった。

(二) 原告と被告は、本件事故直後の話合いにより、警察沙汰にせず、保険を使用しないで、原告が被告に修理代を支払うこととし、すぐに修理業者へ赴き、修理代金の見積りを聞いたところ、後部バンパー及び後部ドアの交換等のため、相当価格の見積額であったため、原告は、被告に対し、警察へ報告したいと考えを改め、被告も同意した。

そこで、原告と被告は、直ちに最寄りの警察署に行った。被告は、警察署で自動車から下りた途端に気分が悪くなり、原告に同乗させてもらい、最寄りの稲見外科胃腸科に行き、診察を受けたところ、直ちに入院を指示されて、入院した。

(三) 被告は、本件事故により、頸椎捻挫、頸部血腫、自律神経失調症候群の傷害を負い、平成二年九月一日から同月二八日まで稲見外科胃腸科に入院し、同月二九日から平成三年二月一八日まで同科に通院し(実通院日数二七日)、平成二年九月二六日に松森病院に通院し、同月二七日から同年一一月七日まで三木市立市民病院に通院し(実通院日数三日)、同年一〇月二三日から同年一一月七日まで大村病院に通院し(実通院日数二日)、それぞれ治療を受けた。本件事故当初、被告を診察した稲見修医師は、被告が吐き気、頭痛、めまい等を訴えたため、入院させ、その後も相当期間その症状が継続したとして入院を継続させ、その後通院治療をさせ、かなり長引いたため、他の病院での診察も勧めた。

(四) 鑑定人大島徹金沢大学医学部教授は、まず、大坪範康金沢工業大学講師と共同して、本件事故の資料である本件記録から、本件衝突、被衝突車両である被告車の破損、変形状況並びに本件事故の態様などに基づき、被告車が受けた衝撃等を推定したが、その際、衝撃を受ける機械・人間系の応答に関する研究(鑑定書添付参考文献Ⅰ、以下「参考文献Ⅰ」という。)を参考にして力学的解析を行った。ところで、参考文献Ⅰは、すべて金属バンパーの昭和五八年式クラウンと昭和五三年式ファミリアの各二台の合計四台の追突実験を行い、そのバンパーの凹みの大きさから被追突車に発生する加速度の大きさを推定できる資料を示したものである。

その力学的解析として、大島鑑定人らは、被告車の写真(甲一の1ないし4)から、同車の後部バンパーの凹みにつき、中央部を中心にした概略一センチメートル位までと推測し、参考文献Ⅰの車種と被告車の車種との差異を考慮して修正のうえ、被告車の実効衝突速度は時速1.8キロメートル程度、衝突時間は約0.12秒間、最大衝撃加速度は0.99G、平均衝撃加速度は0.58Gと推定し、被告に加わった衝撃加速度も約0.12秒間に最大0.99G、平均0.58Gと推定し(原告車の実効衝突速度は時速2.6キロメートルと推測し、この推定値は被告車の前面部の損傷の程度と矛盾しないとする。)、通常、むちうち症状の発生しない軽微な衝突であるとした。

また、大島鑑定人は、被告が、本件事故での追突の際、飛び上がるような感じで、被告車の天井に頭が接触したと思う旨の供述等によると、いわゆるむちうち運動がないから、その点でもむちうち症状は発生しないとした。

そして、同鑑定人は、カルテ等すべての資料をも総合判断のうえ、本件衝突の程度・態様からは、通常、頸椎捻挫は発生しないが、一週間位で治癒する頸部血腫についてはその発生の可能性を否定できないと鑑定した。

2  まず大島鑑定につき検討すると、被告車の速度、衝撃等についての力学的解析について、同車の凹みと参考文献Ⅰによることが大きいが、右凹みについては実際に同車のバンパーを計測したのではなく、写真による推測であって必ずしも正確ではないこと、同文献の実験は、僅か四例で、しかもすべて金属性バンパーが付けられていたのに対し、被告車の後部バンパーはウレタン性であると思われること(甲一の1ないし4)などからして、同文献の使用は疑問であるといわざるをえない。

確かに、原告車及び被告車の各衝突痕はほとんどなく、特に原告車は前部バンパーがひずんだ程度で、痕跡はないが、原告車もウレタン性のバンパーと思料されるのであって(甲二の1ないし5)、同性質のバンパーは衝突後損傷が回復することがあることは、経験則上、顕著である。

本件事故態様は、本件衝突により被告車は0.5ないし0.7メートル押し出されており、後部バンパーだけでなく、後部ドアの交換が必要であったことからして、被告車の衝撃が大島鑑定のように軽微であったとはいえないものと思われる。

大島鑑定は、被告の供述からして、被告に本件事故当時、いわゆるむちうち運動はなかったというが、それはあくまで被告の本件事故当時の素直な記憶であって、被告車が0.5ないし0.7メートル押し出されたことは前記のとおりであるから、むちうち運動がなかったとは決していえない。

被告を本件事故後、診察し、治療に当たった稲見医師の証言及び被告の供述に、格別、不審な点も見当たらない。

以上の事実に、被告の治療期間が約六か月間であって、特に長期間ではないことや前記の治療経過等からすると、被告の右治療は、本件事故と相当因果関係があるとみるのが相当である。

二  原告の被告に対する貸付金

証拠(原告及び被告各本人、弁論の全趣旨)によれば、原告は、平成二年九月三日ころ、被告の妻から被告の事業の決済資金として八〇万円を用立てて欲しいと依頼され、同月五日、被告に対し、四五万円を返済の時期を定めることなく貸し付けたこと、平成四年一月七日に被告へ送達された訴状で平成三年一二月末日限り右貸付金の返還を求めたことが認められる。

右認定に、約定がなくても貸し付けた日から法定利息の請求ができるとの金銭債権の特質からすると、被告に対し、貸付金四五万円及びこれに対する平成四年一月一日から民法所定の年五分の割合による利息ないしは遅延損害金の支払を求める原告の請求は理由がある。

三  被告の損害額

1  治療費(請求及び認容額・八四万〇九〇〇円)

前記のとおり、被告は、本件事故により、入・通院による治療を受けているところ、証拠(〈略〉)によれば、稲見外科胃腸科の治療費が七四万二四六〇円、松森病院の治療費が三万九七〇〇円、三木市立市民病院の治療費が四万六〇四〇円、大村病院の治療費が一万二七〇〇円で、合計八四万〇九〇〇円であることが認められる。

2  入院雑費(請求額・三万九二〇〇円) 三万三六〇〇円

本件事故における被告の入院日数が二八日であることは前記のとおりであり、一日当たりの入院雑費は一二〇〇円が相当であるから、被告の入院雑費合計は三万三六〇〇円となる。

3  通院交通費(請求及び認容額・一七〇〇円)

被告は、自宅から稲見外科胃腸科までの一日分の通院交通費として一七〇〇円を請求するが、証拠(被告本人、弁論の全趣旨)によれば、被告の交通費が一七〇〇円を下らなかったことを認めることができる。

4  休業損害(請求額・一四二万七〇二六円) 七〇万九五七一円

前記認定の被告の傷害の内容、程度、入院日数、通院及び実通院日数等からして、被告は、本件事故により、入、通院の全期間ではなく、九〇日間程度は休業せざるを得なかったとみるのが相当である。

証拠(乙八の1ないし3、九、被告本人、弁論の全趣旨)によれば、被告は、本件事故当時、室内装飾業を経営し、妻の手伝いを得て、平成元年に三九五万七七〇六円の所得を得ており、事業専従者である妻の寄与分を被告主張の一〇八万円(乙八の2、一八〇万円の記載は明白な誤謬)とみると、被告の休業損害は、次のとおり七〇万九五七一円(円未満切捨て)となる。

(3,957,706−1,080,000)÷365×90=709,571

5  慰謝料(請求及び認容額・八五万円)

被告の受傷内容・程度及び入・通院期間その他本件に現れた一切の諸事情を総合考慮すると、被告が本件事故によって受けた精神的慰謝料は、八五万円をもって相当とする。

6  車両修理費(請求及び認容額・一二万五八六六円)

証拠(乙一一、被告本人)によれば、被告車は、本件事故により後部バンパー及び後部ドア等に破損を受け、一二万五八六六円の修理を要する損害を受けたことが認められる。

7  代車料(請求及び認容額・七万二一〇〇円)

証拠(乙一二、被告本人、弁論の全趣旨)によれば、被告は、本件事故による被告車の修理期間中の代車として、原告からニッサンキャラバンロングを提供されたが、被告車よりかなり車体が大きい車種であったため、小回りがきかず、被告の仕事に不適当だったため、右提供車をすぐに返還して、被告車と同車種のマツダボンゴを一日当たり七〇〇〇円として一〇日間借り受けたこと、被告は、右代車料として、消費税を含めた七万二一〇〇円を支払ったことが認められる。右支払は相当な代車料といえる。

8  損害の填補

被告が、原告から、休業損害分として二四万八七五五円の支払を受けたことは、前記のとおりであるから、前記損害合計二六三万三七三七円から右金額を控除すると、二三八万四九八二円となる(なお、原告主張の代車料一万五四五〇円については、前記のとおり実際に被告が代車として使用せず、被告も請求していないから、損害の填補分に含めないこととする。)。

9  弁護士費用(請求額・三一万円) 二三万円

本件事案の内容、審理経過及び認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、二三万円が相当である。

四  まとめ

以上によると、原告の請求は、本件事故に関し、二六一万四九八二円を超えない限度での債務不存在の確認並びに貸付金四五万円及びこれに対する平成三年一月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による利息ないしは遅延損害金の支払、被告の請求は、損害賠償金二六一万四九八二円及びこれに対する本件事故の日である平成二年九月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度で理由があるからこれらを認容し、原告及び被告のその余の各請求は理由がないからいずれも棄却することとする。

(裁判官 横田勝年)

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